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中島平太郎賞
CD-Rの正しい取扱い方
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中島平太郎会長のあいさつ
 
中島平太郎会長 写真 中島でございます。本日は、ご多忙の中を我々の100億枚突破記念の記者発表会に御臨席いただきまして、ありがとうございます。主催者を代表いたしまして心より御礼申し上げます。

 これまで記録メディアで最も多かったのはオーディオテープで、最盛期に50億巻。またフロッピーディスクが年間30億枚。こうしたことを踏まえてよくよく考えますと、CD-Rの「100億枚」という数字はなかなかどうして大した数字であると改めて思うわけでございます。

 CD-Rシステムの最初の発売は1989年でございます。その2年前にDigital Audio Tape Recorder=DATが商品化されております。このときはソフトウェアの方々から大変な攻勢、反撃に遭い、「CDの滅亡につながりかねないDATの発売はまことにけしからん。DATはCDをないがしろにするものだ」というお叱りの言葉を浴びせられました。我々が「これは音質が優れている。使い勝手が良い」と言いますと、「良いからだめなのだ」と却って叱声が強まる有り様でした。我々はなんとなくわりきれない、忸怩たる思いが頻りでありました。

 この2年後、CD-Rは太陽誘電が開発したメディアとソニーが開発したライターを組み合わせ、CD-Rシステムとして呱々の声を上げました。これはCD Compatibleで、すべてのCDプレイヤーでかかります。「CDプレイヤーはCD-Rの味方である。だからCD-RはCDと共存共栄できる」と申しましたら、「そんな詭弁は聞きたくない。CDのクローンが容易につくれるCD-Rは最悪のメディアだ。DAT以上に質が悪い」とまたお叱りの声が上がりました。

 とまれ我々は「CDと共存共栄」を謳い文句に、1989年6月、CD-Rをスタートさせたわけです。当初はソフトウェアの反撃もあってなかなかうまくいかず、最初の月は27枚が売れただけで、売上げはわずか8万円でした。私は8人のスタッフを抱え、「どうしようか」と随分悩みましたが、「最初の月から売れるなんて、幸先がいいよ」と褒めてくださる方もおりました。

 そういうことでスタートラボで細々と始めたわけです。CD-Rはオーディオの分野では苦戦を強いられましたけれども、"CD-ROM Conference"に出展したところ、CD-ROMの分野でアメリカを中心にいろいろ反響がございまして、特にアメリカの特許局情報処理課、NASAの衛星情報の地上受信等に大きなマーケットが開け、そうしたところを中心にCD-ROMの分野で爆発的に発展しました。

 3年後あたりから順調に推移し、メディアの生産量は年率2.5倍で伸び、単価は60%に減少し、トータル的な生産金額は1.5倍ほどで伸びてきました。これはハードウェアの普通のパターンだと思いますが、ライターは年率約半分の値段に下がっています。この2.5倍を累積すると、昨年から今年にかけて100億枚が達成されたということが算出されるわけです。

 CD-Rの特徴をまとめると、録音の段階ではソフトの製作にパソコンを使用し、それをフロッピーと同様の気軽さで記録できる。これが非常に大きな特徴です。再生ではCDあるいはCD-ROMのプレイヤーにかかる。同時にCDと同様の手軽さで持ち運びができる。キャディ、カセットに入れる必要がなく、書いたあとはすべてCD並みの気安さで使用できる。

 値段はどうでしょうか?1bitを記録するのに必要なコストは10年前まではテープの方が20倍も廉価でした。けれども、昨年から今年にかけてほぼ同額でできるようになりました。恐らく、今年から来年にかけて、値段はテープよりさらに下がると思われます。 また、その拡張として録音・再生が必要ならCD-RW、大容量が必要ならDVD-R。そうした発展形も考え合わせると、CD-Rを中心とした記録再生システム、つまり記録型のメディア、記録システムからWrite Once型の記録システムに替わる、このCD-Rのシステムこそが我々が考えるUser Friendlyな記録装置である。とりもなおさず、User Friendlyであるがゆえに今日の「100億枚」が達成できたのだ。私はそう思うわけでございます。

 のちほど井橋議長より精しく説明があると思いますけれども、これをバネに今後もR文化の発展のためにさらなる努力を重ねてまいりたいと思っております。よろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。
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